新学期が始まってから二週間・・・
朝から俺は寒くて寒くてたまらなかった
やたらと身体が震えるし「今日はまるでシベリアにでもいるみたいだ」なんてことを考えていた
そんな俺だったから、いつもに増してよく眠った
「葉月くん、テスト、回収しちゃうよ?」
「ん・・・?」
揺り起こされて顔を上げると・・・目の前でが俺を見つめていた
机の右端には、プリントが一枚
どうやらテストが行われていたらしい
「ん・・・」
俺はそのままプリントをに渡そうとした
「って、ねえ、名前も書いてないよ?」
「悪い・・・書いておいてくれ」
頭を上げていることすら出来ないくらい眠たかった俺は・・・白紙のテストをに預けると、もう一度机に突っ伏した
ガヤガヤとざわめく教室・・・
どこか遠くでその音を聞きながら・・・俺の意識は、「行ったり来たり」していた
しばらくして・・・その音が止み、あたりが静かになったとき、頭の上での声が聞こえた
「葉月くん・・・このまま寝込むと風邪ひいちゃうよ」
重たい身体を起こすと・・・がらんとした教室には、俺としかいなかった
「もう帰ったほうがいいよ、葉月くん」
「帰るって、まだ・・・」
そこまで言って・・・俺は黒板の上の時計を見て驚いた
指し示す針は3時36分・・・
ふと気づくと、日差しも傾き始めている
「・・寝てたのか、俺」
「うん、今日はずっと寝てたね」
丸一日眠っていることは・・・
まあ、ないとは言わないけれど、かなり久しぶりだった
「おまえ・・・何でいるんだ?」
「何でって、その・・・」
誰もいないのに、目の前にがいることが理解できなかった
俺は眠気を追い出そうと・・・立ち上がり頭を振った
けれど、重たい頭は一向に晴れることもなく・・・目の前のがゆらゆらと揺れて見えた
「なあ・・・今日、すごく寒いだろ?」
「え?寒いのは寒いけど、今はまだ暖房効いてるから、寒くないよ?」
「暖房・・・、効いてないだろ、まるでシベリアみたいだ」
「シベリアって、葉月くん行った事あるの?」
驚いたように目を丸くしたの顔が、ぼんやり見える
「ん・・・帰る」
「帰るって、葉月くん、ふらふらしてるよ?」
そう言っては俺を見つめていた
確かに、なんとなく身体がおかしい気がするような
「別に・・・何でもない」
「何でもないって・・・大丈夫?」
の首に、チェックのマフラー
俺は・・・吸い寄せられるようにマフラーに近寄っていった
「・・・いいな、これ」
「えっ、は、葉月くん?!」
俺は、目の前の暖かそうなマフラーに頬をうずめた
柔らかな肌触り・・・どこからか、俺の大好きなの香り
俺は・・・ふんわりとゆれる世界の中で、意識を失っていった・・・・
(私、葉月くんに抱きしめられてる…!?)
そう思ったのは一瞬。
彼の柔らかい髪とやけに熱い吐息をほっぺたに感じて、パニックになりかけた次の瞬間に。
私のマフラーに顔をうずめるようにしたまま、葉月くんの身体がスローモーションのようにゆっくりと崩おれた。
「は、葉月くん!?葉月くん!?」
私はワケが分からないまま、葉月くんが倒れこまないよう必死に抱きとめて。
「…え?」
その身体の熱さに息をのんだ…。
熱が、あるんだ!
ど、どうしよう、どうしよう!
誰かを呼んで保健室に連れて行って…ああ、病院のほうがいいのかな?!
「すいません!ねえ、誰か来て!すいません!」
葉月くんを支えきれずに彼ごとズルズルと床に座り込みながら、私は一生懸命大きな声をあげた。
私、放課後もずーっと寝ている葉月くんを嬉しく眺めてたの。
みんなが教室から出て行った後まで眠っていてくれれば、思いきって「一緒に帰ろう」って誘える。
帰り道でチョコレートの好みとか2月14日の予定とかさりげなく聞いちゃえるかもしれない。
だから、葉月くんの目が覚めませんようにって思いながら教室と廊下を行ったり来たりして…。
葉月くんの体調が悪いのにも気付かないで…!
「…っ」
腕のなかで小さく葉月くんが震えた。
少しでもあったかいよう腕を伸ばして抱きしめると、どうしてか葉月くんの寝顔が幸せそうに微笑んでくれる。
声に気付いた氷室先生が教室に顔を出してくれた時、私の顔はもう涙でグシャグシャだった。
細切れな記憶の断片・・・
頬に落ちてきた・・・雫(しずく)
「どうしたんだ?」
頭の上で、氷室の声が聞こえた気がした・・・・
気がついたとき、俺の目に入ったのは白い天井だった
右を向く・・・薄い緑色のカーテンが引かれていた
左を向く・・・腕に繋がっているチューブの先には点滴のボトル
そして、俺の手を握っているあいつがいた
俺は、夢の中にいるんだろうと思って、繋がれた手を握り返した
「葉月くん、気づいたの!?」
の丸い目が・・真っ赤になっていた
「良かった、気がついてくれて・・・良かった」
は・・・涙を流しながら、嬉しそうに何度もうなずいて、俺の手を握ってくれた
俺は、随分「いい夢」を見ていることに感謝して・・・
「泣いたら・・・可愛い顔が台無しだ」
なんて言いながら・・・
右手を伸ばして、頬の涙をぬぐい、髪の中に手を入れた
「えっ!は、葉月くん?!」
「ほら・・こっち、こいよ」
そして、の身体を抱きしめようと、繋がれていた左手を引き寄せるべく力を入れると、左腕に鋭い痛みが走った
「ん?痛い・・・」
「え?!あ!血が、血が逆流しちゃってる!!」
言われて腕を眺めると、なぜだか透明なチューブの腕側が赤く色づいていた
「ちょっと!動いちゃだめ、ボタン押さなきゃっ!」
「何で痛いんだ・・・・」
夢の中でも痛みを感じるものなのか・・・・?
俺は不思議なくらいふわふわした感覚が楽しくて
痛みを感じながらも・・・俺の上へと手を伸ばしてきたの身体を、強引に抱きしめた
「ちょっ!あっ・・」
「・・・・捕まえた」
いつものの香りが・・・俺の鼻をくすぐる
腕の中に収まったの髪を撫でながら・・・俺は深呼吸する
「夢ってのは・・・匂いまであるんだ・・・」
「葉月くん・・・・」
か細い声で・・・が俺を呼んだ
俺は腕の力を緩めての身体を開放すると・・・・痛くないほうの右手を添えて顔を上げさせた
「なんだ、おまえ・・顔が真っ赤だぞ?熱でもあるのか?」
は身体を起こすと、耳まで真っ赤にして両手で顔を覆い首を振った
次の瞬間「お待たせしました、そろそろ目が覚めましたか?」と俺の知らない「人」が俺の夢に入ってきた・・・
それから俺は、体温計を渡されて言われるがままに体温を測った
体温計の数字を見た後、その人は点滴のチューブをはずした
「薬局へ寄って薬を受け取ってくださいね、もう帰って大丈夫です」
と言われて、初めて俺は夢の中ではなく現実の世界にいることを理解した
その人がいなくなって・・・俺は改めてを見た
少し頬が赤い・・・・これは俺の責任なんだろうか
「病院・・・が連れてきてくれたのか?」
俺の質問に、は、氷室の車でここへ来たこと
俺が39度以上の熱だったこと
3時間ほど眠っていたことを教えてくれた
「もう起きられる?家に帰れそう?」
「ああ・・・」
「それじゃ、私、氷室先生に電話してくるね、迎えに来るって言ってたから先生」
「・・・それはいらない、タクシーで大丈夫だ」
「どうしよう、それじゃ、断ったほうがいい?」
「ああ・・・そうしてくれ」
うなずいて部屋を出て行ったの背中を見送って・・俺はハンガーにかけてある制服を着た
立ち上がると少しまだふらつくけれど、歩く分には問題なさそうだった
そして、戻ってきたと一緒に、薬局で薬を受け取って会計を済ませて病院を出ると、待ち構えたようにタクシーが扉を開いた
乗り込んだ俺は「はばたき東町へ」と運転手に声をかけた
するとあいつは「あ、今の取り消しです、はばたきが丘2丁目にお願いします」と言った
はばたき東町は・・・あいつの家
はばたきが丘は・・・俺の家
「の家に先に送っていったほうがいいだろ?」
「だめだめ、葉月くん家に帰っても一人きりでしょ?」
「ああ・・・」
「何にも無いだろうし、私がおかゆくらい作るから、ね?」
俺は黙ってうなずいていた・・・・
葉月くんの家に着いて、そのまま2階のベッドに寝てもらう。
点滴を受けたけど、まだ熱は高いみたい。
風邪の時は寝るのが一番だもんね。
私は、キッチンを借りてお粥の支度をしようと土鍋を探した。
失礼だけどあんまり物のないキッチンだからすぐに見つかると思ったんだ。
だけどシンク下の一番奥の方へ箱に入って置かれていたので、見つけるのに苦労した。
あとは、お米があればすぐにできるよね。
「お米・・・お米・・・」独り言を口に出しながら探した。
もしかしたらお米も冷蔵庫に入れてるのかと思って開けてみた。
(何にも入ってない・・・・)
見事に空っぽの冷蔵庫を見て納得した。
葉月くんちゃんとご飯食べてないんだ。
私は鞄の中から財布を取り出し、それだけを握りしめて近所の大型スーパーへ向かった。
できたお粥とお薬を飲むための白湯をお盆に乗せて、2階へ運ぶ。
ノックをしてみるけど、返事がない。
そっと開けてみると、規則正しい寝息が聞こえた。
こんなになるまで無理をしてたなんて。
寝ている葉月くんを見ていたら
葉月くんの淋しさが少しだけわかったような気がして、急に悲しくなっちゃった。
肩をトントンって叩いて起こしてみる。
「・・・・・ん?・・・」
「葉月くん お粥を作ったから食べてね、何かお腹に入れにとお薬飲めないからね」
「ああ・・・」
そう言ったきりまた目を閉じちゃった。
そうだよね、まだ熱が高いから大変なんだよね。
でも、お薬飲まないと良くならないから心を鬼にしてもう一度声をかける。
「葉月くん 大変だけど起きられる?」
今度はゆっくりとした動作で座ってくれた。
「一人で食べられる?」
「・・・・・」
葉月くんに食べて貰いたい一心で、私は意を決した。
レンゲでお粥をすくって、それを葉月くんの口までもって行く。
最初は、口をしっかり結んでいたけど、「あ〜ん」って言ったら口を開けてくれた。
そして、「うまいな・・・」って言ってくれた。
風邪のせいできっと味なんかわからないと思うんだけど、
そう言ってくれたのは葉月くんの優しさなんだってすぐにわかった。
お粥は少ししか口にできなかったけど、お薬はしっかり飲んでくれた。
そしてすぐまた横になった葉月くん。
部屋を出るときに
「適当に帰っていいから・・・・」って言われた。
「うん、そうするね」って答えたら安心したようにまた寝息が聞こえた。
キッチンに戻って、さっきスーパーで買ってきた物を並べた。
本当はお粥を作ったら帰ろうと思っていたけど、
あの冷蔵庫を見てしまったらほっておけない。
熱が下がれば食事もできるだろうから、
栄養がとれて、おかずになるようなものを2,3品作った。
そしてそれらを保存容器にいれて冷蔵庫に収めた。
ちょっと時間がかかって、遅くなっちゃったけど、
帰る前に、もう一度葉月くんの様子を見ようと思って2階へあがった。
暗がりではっきり見えないけど、相変わらずぐっすり眠っているようだった。
そのまま何も言わずに帰ろうと思ったんだけど、
熱が心配で、そっと近寄っておでこに手を当ててみた。
うん、さっきよりは下がっているみたい。
でも、すごい汗。
タオルがどこにあるのかもわからないので、
私は持っていた鞄の中から自分のタオルをだして顔の汗を拭いた。
こんな時に不謹慎だけど、
葉月くんの寝顔を間近で見られてなんだか得しちゃった気分。
本当に綺麗な顔立ちなんだよね。
ドキドキしながら見とれちゃったけど、いけない!
このままじゃ体が冷えちゃうから、着替えてもらわないと。
寝ているのを起こすのはかわいそうだけど声をかける。
「葉月くん、起きて 汗がひどいから着替えて」
「ん・・・?」
「汗が冷えると風邪がひどくなるから、ね、葉月くん」
目を覚ました俺のぼんやりした視界の中
思ったよりもずっと近くにがいた
「着替え・・・?」
「うん」
俺は身体を起こして・・・リモコンで部屋の灯りをつけた
眩しさに目が慣れるまでの時間・・・俺は何が起きているのかを考えた
目の前にがいた
そしては、手を伸ばし・・・俺の額に触れた
「まだ熱があるね」
思わず『あっ』っと声を出してしまいそうだった
まさか・・・いきなり触られるとは思っていなかった俺は、息をするのも忘れて、の顔をまじまじと見た
「え、葉月くん、顔が真っ赤になってる、熱が上がっちゃったのかな」
「あ・・・いや・・・」
熱も・・・一気に上がるだろ、違う意味で
そんなことを考えながら・・・俺は立ち上がってクローゼットへ向かった
少しふらついたけれど、どうにか動けるようになったらしい・・・
クローゼットの中から適当にパジャマのシャツを取り出した俺は、着ていたシャツのボタンをはずしながら、ふと、気づいた
「着替えて・・・・いいのか?」
「うん、だって冷えちゃうもん」
「ん・・・・」
いいって言うなら・・・まあ、いいか
そう思いながら俺は、シャツを脱ぎそのままパジャマのズボンも下ろそうと手をかけた
「ちょ、ちょっと、葉月くん!いやん!!」
叫んだかと思うと、は両手で顔を多い後ろを向いた
「え・・・?」
「そんないきなり脱ぐなんて、もぉ!」
「いきなりって・・」
脱いでいいかって聞いたような気がするけど・・・
「ごめん・・・じゃ、外で着替えるか?」
「だめだよ!!もぉ、いいの!下向いてるから着替えてください!」
俺は少し怒られながら、急いでパジャマを着替えた
俺自身は、人の前で脱ぐことに慣れている
撮影のときは当然ほとんど下着一枚だ
だから、別になんとも思わないけれど・・・
こうして恥ずかしがる様子を見ると
なんだかこいつ可愛いな
って思ったりした
それから俺は帰るを玄関まで送った
『お大事にね』と言い残して帰って行くの後姿、なんだか、急に身近に感じて、俺は少しばかり熱が出たことに感謝した
それから2日間結局熱が下がらずに、俺は学校を休んだ
マネージャーからは、体調管理をきちんとしろと怒られるし、やっぱり、風邪なんてひくもんじゃないって実感した俺だった・・・
それから、俺たちは・・・相変わらずクラスメートのまま毎日を過ごしていた
風邪を引いたとき、が俺を面倒見てくれたこと・・・
本当は、もっときちんとお礼を言うべきなんだろうって思っていたけれど
なかなかうまく言い出せないままに・・・時間ばかりが過ぎていった
そして、教室が奇妙な緊張感に包まれた2月14日
バレンタインの朝を迎えた・・・・
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